Translate

このブログを検索

2018年1月11日木曜日

社会で活躍するデビューが早く、引退も後退。人間の賞味期限が長くなってきた。

これからの時代はライバルが多い。
今までは高校や大学を出て、それから社会に出るというのが一般的で、その流れから考えると大きくても4年の差くらい。学生時代の4年は大きくても、社会に出れば誤差でしかない。学歴だって、仕事が評価されてくれば、自分が思うほどコンプレックスにはならない。仕事に結果を出すまでが苦しい時代かもしれないけれど。

でも、そんな平和ボケ状態は今は通用しなくなってきた。中学生だろうが、小学生だろうが、社会に参加してくることが普通になってきた。どのジャンルでもそう。
「プロ」と呼ばれる人達の年齢が大きく異なってきたかなって。(あえて言うなら、スポーツの世界は変わらないのかも。出場出来る試合などで、条件として年齢制限があったりするから。)

色々と話題の企業のインターンの経歴を聞いて驚いたことがある。「学歴」なんて高校中退とかだったりだけど、数千万〜億の経済を十代で動かしてる実績を持ってたりする。お金を稼げば成功とは言えないけれど、それだけのお金が動くことは、影響力のバロメーターとして見ることも出来ると思う。
それだけの影響力は、アイデアと行動力に他ならない。元々巨大な経済力を持っていたとも言えないし、そういう視点では若さや無知故の強さもある。もちろん周りの環境に差異はあるだろうけど、持っているモノを活かしたのは才能故。

日本での学歴神話として「大学を出て、就職して」って流れの中に浸っていると、「さて、就職しようかな」なんてタイミングで世界から取り残されているのを知って愕然。(─ でもなんとか少しでも知名度のある会社に就職して…なんて流れで動いてると、それを雇う側の企業の未来も不安でしかない。大学の新卒を条件に求人とかしてる企業をそういう目で見ると、ちょっと恐いよね。でも、生きていくことは出来るんじゃない?否定はしないけど、僕は嫌だな。 ─)

表面的な謳い文句や誘い言葉は違えど、この考え方が僕の大学生の頃と根本は変わってないと思う。僕が大学を卒業した20年前には「パソコンなんて出来なくても良い」って大学で言われちゃうくらいの時代。やばいよ、デジタルの原始時代。

何かに興味を持つことも、取り組むことも安易で接点が増えてきた。色々な情報に貪欲になればなるほど、より詳細な情報に辿り着ける。逆に興味さえ示さなければ、何にも出会えない格差が広がる。
アイデアと技術力があれば設備投資をそれほどせずに結果を生み出しやすい時代とも言えるかもしれない。それは「デジタル」って領域の話だけでなくて、あらゆる分野で安価に試作を作れる選択肢が増えたってことでもあると思う。3Dプリンタやレーザー機器を珈琲飲みながら借りれるカフェが普通に街の中にあるわけだし。
特集機器が必要な動きでも、扱える人を探し出すことが容易になっているし、その対象が全世界なわけだから。
(─ デジタル領域なら設備投資必要ないってのは、それこそ20年前の話かもしれない。僕がMacを手に入れて、テキストエディターでHTMLを手打ちしてサーバにアップロードすれば、それなりの報酬が得られた時代だったのだから。─)

自分が大学生の頃と比べると、この20年の変化はペリーが黒船乗り付けた以上の変化があると思う。

それで、いわゆる若年層が社会に出る機会が増えている理由で、高齢者側も社会で活躍する機会が増える。必要な技術力と発想力があれば、社会で活躍しつづける舞台はあるということ。
勿論体力、行動力や発想力は若さにはかなわない面は出て来るけれど、そこは経験という武器を使って無駄な動きを抑えることでカバーできる。
まぁ、必要以上にガツガツしないからこそ、省エネ稼働が出来るとも言えるのかもしれない。



社会で活躍するデビューが早く、引退年も後退。
人間の賞味期限が長くなってきた。

その時代の流れが仮にスタンダートとなっているのであれば、やっぱり60歳とかで「定年だよ」とポイっとされることの怖さは例えがたい。まぁ、その年齢になってないから予測出来ないとも言えるけど。
(─ サラリーマンならサラリーマンなりに、自分の価値としてのスキル付けておく必要がある。組織から切り離された時に、自分は社会の中で何が出来るのか?幸いに日本では手厚いフォローがある。しっかりと行政の情報を得て従うことで、殺されることは無い。時代が変わる中で対応は変わるだろうけれど、将来を必要以上に悲観しなくて良いとも言える。ここは別の話。─)

視点を新卒者に戻すと、
現実的にその賞味期限が長くなってきた社会で、大学をのほほんと出てきた人間がいきなり戦えるのか?って言うと、結構難しいと思う。思想が時代に取り残されているのだから。
新卒とか学歴って看板持ってても、社会で通用する実績持ってる人は少ない。こういう話すると「実績あります」と閉じた場での評価を持ち出す人もいるけど、社会的な影響力として考えれば弱いモノが多い。
むしろ、それを種にして、何を社会に生み出すのかのステップを踏めていれば、それは既に社会に評価されることになるだろう。
それがない人が大半だと思う。

もちろん、今社会で華々しく活躍している人達も、いずれその一線から退くタイミングが来る。その時に舞台に上がっているのは今の若手だと思う。
それは10年後か、50年後か、100年後か…。100年は言い過ぎとしても、いずれその時は来る。君たちの時代は来る。

今華々しいスポットを浴びていなくても、悲観せず。それよりも自分の興味に対して貪欲になることが大切だと思う。

下は小学生くらい、上は体力のある限り。という人間達がライバルになり初めている世界で、君はどう戦うのか?全員がライバルなのだから。
20年前と同じ戦法を取って歩んできただけでは、戦える時代じゃ無いと思って社会に臨んで良い。日本人の大半が大学卒業という同じ道を歩みつつ、生まれる違いは「意識すること」だけだと思う。(─ 大卒が当たり前になればなるほど、大学を出る必要も無いとも言う。むしろ個人のスキルこそ重要になるよね。 ─)
その上で楽に生きれる場を見つけられたら、それは勝者かもしれないね。

2018年1月5日金曜日

カッコ良く生きるということ

「カッコよく生きてください」そんな言葉をもらったのが3年前。それ以降、ふとした瞬間にこの言葉が頭に浮かぶ。「カッコよく生きれているだろうか」と、いつも考えてしまうけれど、答えは毎回出てこない。

カッコよく生きるって、たぶん誰に評価されるってことではなくて、自分自身で納得出来ているかどうかなのだと思う。
外見だけを変えても何も変わらないけれど、良い服を着ると背筋がピッとする感覚は心地よいのは知っている。どちらがカッコ良いかと考えれば、お気に入りの服を着ているのは分かるよ。でも、このあたりは追い求められてない。

「朝起きて寝るまでにやりたい事をする人間が成功者だ」ってメッセージも、何歳かの誕生日にもらった。
いつ何をしても許される生活ではあるけれど、やりたい事を全てクリアしているかと言えば、そうでも無い。なんだかんだと無理なく出来る事を探している感じ。

まずいな。「カッコ良い生き方」から随分と外れている。

自分がどこかで納得出来てないのは良くない。

欲望が常にあるからこそ、ずっと探り続けて、模索して、探して、求めて、考えて、脚を運んで、手を伸ばして、そんな生き方が一番人間っぽいと思う。

そういう意味では、ずっと欲望に正直になることが出来るようになった。そう思う。
もちろん周りのサポートが強いのだけど「遠慮せず手を伸ばしなさい」と声をかけてくれる人達が居るから、自分らしくなれるのかもしれない。

どこで人と出会って、どう生きていくのかなんて、誰にも分からないし、予測もつかない。ただ自分の「好き」には正直にあるべきなんだなってことだけ分かってきた。

いろんなことに挑戦出来て、その成功体験から次への欲望が生まれ続けている。
「こんなことをしてみたい」と、具体的にそれを実現させる手段は分からなくても、少しずつそこに近づく事は出来る。そしていつの間にかそれを実現してる。そんな生き方。

夢は叶うと言えばそれまでだけど、たぶん願うことが行動につながって、結果的に自分をそこに近づけているだけのことなんだよね。
だから「どれだけ強く思うか」が、行動のクオリティをあげていく。失敗をしても次の一手が早まるだろうし、一歩近づけば、更に次の一歩が踏み出せる。その繰り返しのスピード感は「願い」という気持ちに比例するんだろう。

いろんな束縛が見えない鎖となって縛っていることがある。ある種の「呪い」なんだろうけれど、ずっと規制されることで芽生えた価値観はなかなか変えられない。
「社会がそう言うから」と繰り返されれば、それが「社会というものさ」となる。それは一生つきまとうものなのかもしれない。

「呪い」は、なるべく早く解き放つ方が良い。

生き方に正解が無いのは、全てのルールに正解が無いのと同じことなんだと思う。結局は本人がどう解答を導き出すのか。
その解答は、その人自身の価値観であると思う。

カッコ良く生きるということは、その人の価値観に応じて、その人の人生を正しくおくることができるか。価値観に合致すればカッコ良いのだ。

今居る場所を正しい場所、道として信じ、そこから踏み外さないことに全神経を集中させる生き方もあるだろう。
今とは違う場所を見つめながら、もしくは空想しながら、そこを正しい場所、道と思う生き方もあるだろう。

どちらもその人の生き方。

僕は今、この生き方や生活に満足しながらも、もっと理想的な場、道があるのだと追い求め続ける生き方。
ずっと満足できないけれど、ずっと楽しめる生き方なんだと思う。

出来ることをする。やりたい事をやる。その日の一歩を正しいと思う方向へ進める。
もっと動きは早めても良いかもしれない。時間が足りない。

人気の投稿

Google+ Followers