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2016年6月29日水曜日

ネットの分断でリアル世界でも孤立する日がくるか

ネット分断の時代へ。リンク先はサービス毎の他サービス排除の話だけれども、使う側は横断して使うというより、個々のサービスを利用して、そこで行われるコミュニケーションの内容に重きを於いている。だからあまり面倒な仕組みを組まれると、使いにくいだけでプラットフォームになりえないのでは?癖が出てきたら、これが衰退の一歩かもしれない。

ビジネス面では囲い込もうとしたり、他サービスを宣伝する様な行為は避けたいのもわかるけれど、悪い方向へ進むのはユーザーも望んでいない。

ユーザー側の意識としても、ネットは世界中に繋がっているというよりも、個々をつなぐツールという認識になってきているよね。
使い方や扱いに関しても、プライベート性が高かい内容だったりが飛び交う。そこに鍵がかかってなくても。ちょっと危険ではあるけど、使ってる本人達は電話が盗聴されてる気分なんだろうな。

でもその認識のユーザー達が「これとあれのサービスが相性悪いから」とか考えて使うとは思えないんだよね。無意識に目的に合った便利なツールを使い出す。


オープンの思想からクローズドの現実へ

「オープン」「オープン」と言われ、なんでも可能にするインターネットへ夢見ていた初期の時代から、気づけば便利な道具として身近な存在になり「クローズド(閉じた場)」なコミュニケーションへと。ニーズはそういう方向もある。(サービスの分断を願っている訳じゃないけれど)

Facebookも閉じた場でのコミュニケーションでしかないのは書いたけれど、サービスの分断はそれに気づかない人たちにとっては、とても危険な動きでもあるのかもしれない。
Facebookという島から出られない呪縛。そこに陥らない様に、外に向けたコミュニケーションを意識すべきタイミングなのだろうね。

日本人は小さい秘密基地的な空間に安心するよね。開放感より閉鎖感の安定。既存のコミュニティもそういう面あるでしょ。そもそも多様な群れで過ごすのが苦手なのでは?もちろん孤立しては生きていけないのだけど。


言葉を道具と意識して使いこなすこと。

最近文章を意識して書いているのは、書く力が弱くなったと感じたから。
他者に何かを教える立場でありながら、考えを言葉にまとめるのに時間がかかってしまっていて、それを解決させるべく書くことを積極的に。

自分の頭の中で浮かんでいるイメージを、言葉で相手に分かりやすく伝えること。湾曲なく共有できること。これって非常に難しい。

日頃から言葉を綴っていないと、語彙力も減っていくし、引き出しのサイズも数も減っていく。ちょっとした恐怖感を感じました。

語彙力はどう身につけるのか?僕は誰かに教わったことでも無いけれど、知らない言葉に出会ったら意味や用例を調べること。で、それを知ったら使いたくなる。笑
それの繰り返しで、使える言葉が増えていくんじゃないかなって思う。

国語の教科書は苦手だったけれど、伝える相手がどう捉えるか?それを考えながら言葉を選ぶ作業は嫌いじゃありません。
ただ、その速度は早める必要がある。

これ、会話の中でも生きてくるんじゃないかな?
出来る限り思考を言葉に変えることや、「この状況をどう伝えるか?」を無意識に浮かぶようになってきたら望み通りかなと。

言葉も道具も使ってこそ活きます。それは全て同じこと。

食事の仕方で、人生変わって来るってあるんじゃない?

自動車の話で「各クルマがそれぞれ内燃機関を持ってエネルギーを生み出す方式は効率が悪い」と聞いた。実際そうだと思う。エネルギーを生み出す場は一箇所へ集中させ、それを分配して動力へ変換する。これは電気自動車の話。


人もそれぞれエネルギーを生み出している

街なかを歩く人を見ていると、それぞれが食事をしてエネルギーに変えて活動をしている。効率としてはとても悪い。栄養素を点滴の様に直接注入することが、効率としては最も良いだろうね。

一時期そんな流れもあったよね。ニンニク注射が流行った頃、アッパー系の人たちの間で効率よくパワーチャージ出来る様な話は流れたし、実際にそんな人も多かった。いまだにサプリは需要がある面もあるけれど(需要層に変化もあるけど…)、そういった流れは落ち着いた感じありません?

食事って最高に贅沢な行為なんだよね。「今日は何を食べるか」「誰と食べるか」「いつ食べるか」「どこで食べるか」。
お金持ちの人ほど、それを楽しむ傾向が強まっている気がしている。ホリエモンも食に関しての拘りは、SNSでも見ることは出来るよね。食事を楽しもうとする積極的な気持ちが強く見えてくる。この面がとても人間らしく、生きることを楽しんでるのが見えて共感できる。


効率悪くてもわざわざ調理する。誰もが美味しいものを食べたいからね。

食材を時間かけて調理してそれを楽しむ行為って、効率的に考えてもとても贅沢な時間だと思う。それを楽しむことこそ人生最高の極み。というと言い過ぎかな。
食に関しては、効率を追ってしまうことで失うモノもあるのでは無いだろうか。

子育ての番組で「食事は義務ではなく、楽しい行為なのだと理解すると子供は進んで食事をしますよ」と。ほんと、それが大切なことだと思う。でも食事を楽しい行為と分かっている大人はどれだけいるのだろう。簡単に済ませてない?

ファーストフードやインスタント食品を否定する訳ではなくて、何を食べるとしても、「誰と食べる」「楽しく食べる」で、まったく意味が変わってくると思う。
エネルギー源だからと、カロリーだけを見つつ摂取するよりも、誰か友達や家族、恋人と楽しく食べる食事は精神的にも特別な栄養になると思う。


食事の時間の過ごし方で、その人の価値観が見えるよ。

ひとりで食べる食事も「おしいいなぁ〜」ってしみじみ幸せ噛みしめながら楽しめたら、最高の時間だよね。

気持ちの充電はストレスを減らすし、最上の休息時間でもあるよね。楽しくリラックスして摂る食事は栄養吸収も変わるのでは?って、料理家さんも言ってましたよ。

誰もが毎日必ず何かを食べる。
必ず必要な行為なのだからこそ、その時間・行為を楽しむだけで人生変わってくることもあるんじゃないかな?「いただきますー!」って言葉が気持よく言える食事って、とても素晴らしいと思う。







若者は無知を武器にすべき。

大学での過ごし方。他大学は良くわからないのだけど、たぶん大枠変わらないのではないかな?

僕が通っていた武蔵野美術大学(ムサビ)での当時の授業は、1年と3年が午前中必須科目(学科系)で、午後が制作時間。2年4年がその逆という時間組だったと思う。学部によっても変わるのかもしれないけどね。

制作の時間は期限までに何らかの提出が出来れば単位が取れるので、その間は工房に引きこもったり、街に出てみたりと、時間の使い方は自由だった。美術の単位評価って基礎的な基準でつけるしか無いから、その部分では自由度は高かったよね。留年とか絡むのは、だいたい必須科目。実技以外の座学で学ぶ授業での単位取得がネックになる友人達も少なく無かった。

順当に行けば必須科目は1年間で2年分クリア出来るので、2年4年は1日ずっと制作に充てられる。制作に集中するもよし、遊ぶもよし、恋愛するもよし、工房から飛び出してインプット増やすのも大切な時間だった。もちろんバイトもしたけどね。


在学中の企業との絡みと興奮を忘れない

授業で企業と絡むことは少なかったけれど、ID(インダストリアルデザイン)の課題で「オルファ株式会社」さんへインタビューへ伺うことがあった。
そういえばアポ取りから、その対応などもザックリは教えてもらえた気がするけれど、バイト以外、社会との接点が無かった学生時代には刺激的な経験だった。

突然連絡をして、連絡させてもらった理由を伝えた上で「一度お伺いさせてお話聞かせてください」と担当者に伝えると、その反応をもらえた事が嬉しかった。当時メールが無いから電話だったね。
オルファさんでは、工業製品として、また刃物を販売する上で気をつけていること、営業、製造、歴史など様々なお話を伺った上でお土産まで頂きました。(この経験から、カッターはオルファ一筋です。この時頂いたカッターもいくつか今でも使ってますよ。)


今の時代の大学のメリットとは

大学時代は自由に使える時間が多いほうが良い。「学費払ってるのだから、学校で教えてもらう時間が多い方が良い」と言う人もいるかもしれないけれど、大学の中だけで学べることは限られていると思っている。
生の情報や出来事の現場は、大学の外に溢れている。自主的な研究以外で、学校から学べる事は、既に評価されたものだったり、過去の出来事でしか無い。

今でも羨ましく思うのは、学校での道具や材料などの環境の充実。パソコンひとつ取っても、学校を出れば自力で揃える必要がある。ソフトウエアもそうだし、実験環境も含めて全部。これらは失って気付く。

どれだけ外からのインプットを受け取れるか、そして、現場へ脚を運んで目撃できるか。それがその年代での有効な時間の使い方って僕は信じている。

もしかすると「大学なんか行く必要無いじゃん」ということにも気付く。最もだと思う。大学の良い部分は上記の様な環境があり、同志があり、専門的な相談相手としての教授との繋がりだろう。
ひとりで街へ飛び出して、それらを作れる才能があれば、大学のメリットは薄いと思う。そして、少し前からそれが出来る時代だと思う。(ふらっと企業やベンチャーに潜り込んで、最新の環境で学びながら、いつの間にか結果を出して、気づけば世界に飛び出してる人も見てきた。)


大学で受動的に得られるものは、それほど特別な事ではない

歴史を振り返れば、昔は情報が限られていて、どの業界であっても情報を得る入口としては大学はとても有効だった。その先端を研究する先生の活動をすぐ側で見れるわけだから。大学には現場があった。

昨今大学の位置づけは変わりつつあるのかもしれない。僕がビジネス寄りの考え方をしているから、研究職に対しては異なる考えかもしれない。何に期待しているのか?ということでもあるかもしれないけど。
情報は検索すれば入口を掴むことが出来る。その入口にアクセスしてしまえば、どんどんと人を頼って、より深い場へ潜り込むことも出来る。今はそれが当たり前の時代。

例えば、去年東京大学から依頼を受けて、CETエリア(中央区、千代田区、台東区の一部を中心としたエリア)での活動の取り組みを現地を歩きながら話す機会があった。
並行して他大学の学生が「話を聞かせてほしい」とメールが飛び込んできて、マンツーマン状態で同じことをした。

貪欲になれば、経験も情報も、どんな立場でも得ることが出来るのだと思う。



無知を武器にしろ。食わずして好き嫌いを語るな。

今期から担当させてもらっている大学では、まだ僕に対して遠慮があるのだと思うのだけど、「もっとこうしたい」「こんな企業の方と話したい」という想像をしていたけれど、あまりない。(あくまで自主的なモチベーションが大切だと思うのと、僕の授業への期待も違う部分で持っているのかもしれないけどね。)

授業中出てきたサービスの名前から、友人を頼り、担当者へ繋がった。ここまでは僕の個人的な興味なので良いのだけど、「話聞きに行く?」って呼びかけに対しての反応があまり良くなかった。
「面白そうなのでいつでも行きます!」は期待しちゃいけないのだよね。期待したけど。


学生が興味に対しては明確に機会を切り分けしている印象は強い。「私はコレに興味がある」という強い気持ちは良いのだけど、そこに少しでも触れていなければ、ことごとく興味を示さない。ちょっと勿体無いかな。

今まで興味が無かった事に対しても、知ったら夢中になる。そんな食わず嫌いの経験って誰もあると思うのだよね。若いウチからあまりにも門を閉ざしてしまうと、可能性を自ら狭めている気がしてしまうのは、ただの老婆心か。

若いころは無知であることを武器にして良いと思う。世の中、知らないからこそ出来ることが沢山ある。知らないのだから、色々聞く、体験する数を増やす方が良い。例え今まで気にしたことが無い分野だとしても、機会があるなら「行ってみよっかな」くらいの気持ちも許されるのが若いってことだと思うよ。


自分の可能性を決めつけることは、愚かな行為でしかない。

色んな機会が世の中には転がっている。それを「チャンス」って言葉で示す人もいるけれど、それは多くの機会の中に隠れている一つなのだと思うんだよね。

あまり格好つけずに、自分の興味を決めつけずに、そして自分の可能性を低く見ること無く、学校からどんどん飛び出して現場を回って、そして学校へ持ち帰ることがどれだけ自分にとって有益なことか。可能性を広げることを知ってほしいんだよね。

ピンと来なければ、騙されたと思ってやってみれば良い。20代の知識と経験だけで世の中を決めつけるには、勿体無いくらい世の中は多様で不思議と発見に満ちているのだから。

高尾山を「低い山」と馬鹿にして登ったら、現実は全く甘いものではなかった話

高尾山口の標高は191m程度らしい。高尾山山頂は599m。だから実際に登る標高差は408mですね。都心部から電車で気軽に行ける山のイメージがあって、東京では有名な山のひとつだよね。
八王子育ちの僕は小学校の遠足で登ったのを覚えている。4年生くらいだったかな?

今日、八王子で用事が済んだのが15半頃。雨上がりの曇空だったけれどもピーカンより良いかなと思って、高尾山を目指して移動していました。登山って何年ぶりだろう。

高尾山付近の駐車場は色々あるけれど、平日であれば「京王高尾山温泉 極楽湯」の駐車場がオススメ。施設使用であれば3時間無料で高尾山口駅直結の立地。山登りの後は温泉とか最高でしょ?どうせ入りたくなるのだから、初めから入れちゃう。
ちなみに施設利用料金は1,000円でした。(シーズンによって値段が変わるとあるけど、その期間はよく見てません)


まずは登山ルートを決める


高尾山口駅を出てすぐにある看板でルートを確認。今回は雨上がりの道ということもあり、安全牌として初心者向けという「1号路」を選びました。写真の紫色のルートですね。

高尾山口駅からケーブルカーの乗り場付近まで向かうものの、肝心の登り口がわかりません。。。これ海外の方とか分かるのかな?せっかくミシュラン載っているのに、ケーブルカーのルートしか分からない。


正解は蕎麦屋の前の石畳の道を登る。写真は下山時に撮ったので白いゲートが閉まっていますが、ここから登っていきます。ちなみに夜間も歩行者なら登れる様ですね。

このゲートに向かうまでの石畳で実は心折れました。「あ、山って斜面を登るんだね」と、当たり前の事に身体がうまく反応しません。
日頃の運動不足と体重増加が負荷でしかありません。でも登ると決めたのだから無理でも進もう。


なんで高尾山に登るのか?

昔読んだ本の中で、パリ・ダカールラリーの三菱ワークスのドライバー増岡浩さんか、篠塚建次郎さんか忘れたのだけど「台風の日を狙って、よく高尾山にマウンテンバイクで遊びに向かった」という一節を突然思い出したから。

プロのレーサーとは言え、自転車で登り下りする事が可能なら、運動不足の一般人でも徒歩でなら登れるのではないか?実際小学生の頃に登ってるし「低い低い」と言われる山だし。と。

で、現実を突きつけられて驚いた。確かに数値的には標高は低いかもしれないよ。でも、これはキツイ。結果から言えば、特に登り始めからケーブルカーの到着地「高尾山駅」の道のりの傾斜が想像以上にキツかった。

突如登ろうとした自分を恨みつつも、自分を試されてる気もして諦めるのは途中から嫌になった。「高尾山登ろうとしたら、途中で挫折しました」ってオチも良いかなと思ったりしたけれど、これは自分との戦いだなと思って。

ケーブルカーの到着地点「高尾山駅」まで着いてしまえば、あとはそれほど急勾配はありません。サル園・野草園を通り過ぎたあたりで「4号路:吊橋」と表示を見つけました。


高尾山にある吊橋を見たことがあるか

実は高尾山に吊橋があることを知りませんでした。常識なのかな?
今回知っちゃったから、そちらのルートを選択。やっぱり楽しい道を、好奇心に正直に道は選ぶべきだよね。道は舗装路から完全な山道へ。景色は山です。居心地よかったね。


こんな景色の中を進みました。永遠に続くかと思うほど、凄く緑が濃い。登った時間も気温も低く汗だくの身体には心地よい気候でした。この日を選んだのは良かったのかも。雨の日は羽が濡れるから苦手な虫も少ないのですかね?そうしたダメージを一切受けることは無かったですよ。

山頂を目指すルートなのに、看板があった分岐点から下り道がずっと続き、「せっかく登ってきたのに勿体無いな」と良くわからない気持ちになりながら目の前に現れたのは小さめだけどしっかりと「吊橋」でした。

高尾山の吊橋

下は沢が流れてたかな?目の前の吊橋に興奮しすぎて下を見てません。。
ちょっとジャングルっぽいし、このタイミングで17時を過ぎていたし、雨の後ということもあって人は全くいません。この「大自然を貸し切り」という贅沢な時間。

高尾山の吊橋

橋の上を歩きながら、ちょっと歩みを止めると自分の動きに反応した揺れの惰性が感じられる。この揺れるリズムが吊橋の楽しさだよね。しっかりとした橋だから楽しめるのだけど。


無駄な考えは全て吹っ飛んで、自分と向き合う時間

この先は想像通り、分岐点から降りた分だけ上り坂が続きました。。。山頂へ向かう道は木の根も飛び出す様な山道。他の登山者が居ないのは気持ち良いのだけど、看板が減ってくると不安で仕方ない。

これだけ無我夢中になったのはいつぶりだろう。年齢を重ねるウチに、仕事でも運動でもセーブする癖が付いてしまった。「いざとなったら動ける様に体力を残す」みたいな理由で体力を出し切ることを、いつの間にか止めてしまっている事が多い。結局普段から動かしてないと、いざとなった時に動かないんだけどね。

大げさだけど、それでも体力の限界に近づいて、頭の中では無駄なことは全く何も考えられなくなって、ただひたすら「山頂へ」と向かう気力だけが支配する時間。邪念が消える瞬間。

最後の最後で「この先に本当に山頂はあるのか?」「あったとして、残りはどれくらいなのか?」「そして、この雨や時間帯によって道が閉鎖されることは無いのか?」「そうしたらまた来た道を戻るのか?」「戻っても山頂を目指すのか?」
など、グルグルと滲みったれた考えをめぐらしていたら野良猫が歩いていた。こちらを見つめている。


コイツ、俺が尋常じゃない汗をかいて息を荒らして登ってきた先で、普通の顔してすましてる。毛並みもキレイなコイツと、汗を絞れるほどに濡れたTシャツを着た僕と対照的な絵面だった。コイツには、僕が哀れに見えているかもしれない。
自然の中でこんなに弱いなんて、悔しくて仕方ない瞬間だった。悔しいけど、この小さな猫が凄く強くたくましく見えた。

すると、突然舗装路へ出た。猫に会ったのは山頂のすぐ手前だった。
興奮して最後の傾斜を走るように登った先に「山頂」のモニュメントが起立する。


登山口からは70分。長く続く傾斜を登って感じたこと。



このモニュメント、正面に表記がある(写真で見ると左側にもあるのかな?)けど、どうしても背景に自動販売機が入ってしまう。
記念撮影としては山頂からの眺めか、せめて今まで歩いてきた緑が見えて欲しい。と、カメラを構えながら考えてた。(どーでも良い。)

ここまで登山口から70分くらい。運動不足でもちょっと遠回りしてこのタイムなら、普段からウオーキングやランをしてる人ならもっと楽だろうね。
確かにプロレーサーなら自転車担いでも楽に登ってこれる距離だと思う。しかし傾斜の負荷は半端無かった。


必要なアウトプットとインプットを山は教えてくれる

山頂では霧が薄くかかり、緑も茂っているので眺めは期待できず。そのまま下山することに。帰りのルートは素直に「薬王院」を通るルート。ここからは全て舗装路なので、歩くのは難しくは無いけれど、クッションの悪い靴は身体に響くね。今日はラン用の靴だったのだけど、それでも地味に衝撃はダメージとして蓄積されていきました。

一切の写真は無いのだけど、途中で通る「薬王院」が素晴らしかった。
雨上がりのしっとりとした中で、薄曇りの光がとても幻想的で、天狗像や仁王像のある門の辺りがとても心地よかった。心地よい詩的な映画のシーンに居るような、汗だくの自分の姿を忘れて、ちょっぴりスクリーンの主人公気分。

しばらくそこで佇んでいた。物凄く心地よい空気だった。この時色々考えたよ。
人はこんな「無」のインプットも必要かもしれない。とか。
聞こえる鳥の声、風の音、土と木の濡れた匂い、自分の足音。入ってくる情報として「無」どころか物凄く多いのだけど、自然と強制的に向きあう時間。都市の中で受ける情報と全く性質が異なる時間。

どんな職でもアウトプットするには、インプットが必要だ。自分はクリエイティブ職として、生み出すことを求められるのだけど、その為のインプットは人と会ったり、技術を知ったり体験したり。多くの作品や商品を見て触れて、色々な時間を過ごしてきたけれど、こうした時間が大きく欠けてたことを感じた。

ドライブで奥多摩を走ることはあるし、富士山の林道を進む時間も好きだけど、クルマではなく自分の脚で感じることの違いを知った気がする。

108段の煩悩の数と同じ階段を下り、無事下山。
この下り坂だよ。降りる時に体重がモロに脚に響くから、疲労は上り以上かも。


静かな時間だったな。って写真を見て振り返る。
登ってみて良かったです。確実に明日は筋肉痛だろうけれど、機会があればなるべく登るようにしてみよう。
健全な身体に、健全な精神が宿るって言うけど、本当その言葉を表すように頭がスッキリしていて気持ち良い。

下りも60分くらい。結局2時間半で登って降りてきた感じ。
帰りの運転はアクセル踏む右足が攣りそうになるくらいだったけれど。

2016年6月27日月曜日

人を活かせるのは、動きのある人間だけ。出会っただけでは宝の持ち腐れだ。

暇なのは良くないね。判断が鈍る。久々にそう思った。
忙しいというよりも、体が動いている状態の方が体も頭も反応が良い。判断能力も上がるよね。

頭脳も運動と同じなのかも。運動不足の人間が突然走り出すのは怪我の元。アイディアや企画に関しても、いきなり仕事で動いて良い結果が生み出せるとは思えない。

疲れ果てているのも問題だけれども、人は適度に動いている方が都合が良い。

「忙しくない人間は使えない」と昔どこかで聞いたけれど、本当にそうかもしれない。
走り続けてこそ、いろいろな情報が生きたまま必要なところへ届くのかもしれない。情報には鮮度があるから、動き続ける方が良い結果をもたらすのだと思う。腐った情報なんて老害だけだ。

良い効果に関しては「気づく」ことが一番に挙げられるかも。何かが起きている状況の中で、もっと効率をあげるものを見つけたり、他の場所で活用できそうなアイデアを発見したり。
それらに気づくことは、常に動いているものにしかできないだろう。

人との接点を持ち続けることも、動いている結果でもたらされるものだ。人の繋がりは、その人材を生かすためにある。いくら繋がりがあっても、活かせなければ知っているだけ。名刺が増えてもまったく意味が無い。宝の持ち腐れ。

それらを活かせるのは、動き続ける人間だけだと思う。それだけいろいろな物事に出会っているはずだから。

人を活かせるのは、動きのある人間だけ。様々な物事に出会うために、いろいろな場へ飛び込むことは大切かもしれない。

Facebookが終わりを迎える日

これといって次に思い浮かぶSNSが無いのも事実。greeもmixiも遠ざかって久しい。
instagramは情報交換の場だよね。twitterは使ってる人の偏りも感じる。便利という視点では、facebook メッセージとLINEか。Snapchatは仲良しのコミュニケーションツールかな。

mixiやgreeはメッセージ機能が便利で一気に広まったと思う。使い勝手としては「名刺ファイル」と「メッセージ」が一体化していて、名刺を検索したらそのままメッセージ打てるというツールが現れたのが、日本だと2003年頃だったかな。
更には「グループ」で情報やファイルを共有し、タスクを共有したりメモを残せる。メーリングリストの進化版という感じ。

メッセージを読んでからの「グループ」への動線も良いから連携がしやすい。メーリングリストだと、グループページへの一手間が加わっちゃうよね。


名刺ファイリング、メアドの入力を省き、近況も教えてくれるSNS

名刺交換して、ファイリングして、必要に応じて探して、メアドを打って連絡を取る。この手間を一気に省いた「SNS」の存在はビジネスの不満を一気に解消した。

ただ、民間サービスを利用する限り、そのツールに依存しすぎるのも恐い話で、見方を帰ればサービスに情報を全て人質にされているとも言える。もちろん信用問題として、サービス側もそれを望まないとは思うけど、無くなってしまったらどうしようもない。

mixiとgreeを例に出したけれど、Facebookも浸透していく中で使い方や便利だと思うポイントは同じだろう。ついでにスマートフォンの出現もFacebookの浸透に一役買った。

LINEもメールと同じ使い方が出来る。電話番号から連携できる強みは、初期の導入部分の追加の手間や煩わしさから開放した。スタンプの存在がSNSに抵抗のあった人のハードルを下げたのもある。メッセージメインだし「誰かと繋がる」という部分に特化した強みがLINEの特徴でもあるって言えると思う。


Facebookの圧倒的な強みはエントリー投稿にタイトルが要らないこと。

ブログとFacebookの違いは別で書いたけれど、多くのSNSのメッセージにある使いやすさは「タイトルが省ける」ということだと思う。
ブログもメールも、タイトルが面倒だったりする。実際ここに書き記しながら「タイトルは何にしよう」と毎回悩む。

登録、検索、連絡と、色々な「省略」がSNSのメリットと思う。これらは全て「実際に繋がりがある」人に絡む恩恵だったりもするけれども。
(「あの人に会いたい!」という出会いの入口にもなっているのもFacebookのメリットもあるけれど、実感値として経験が少ないから今は書けない。)

Facebookの出来た経緯を知れば分かりやすいけど、「アクションを起こす相手のパーソナリティーを知りたい」という面では、とても便利なツールだと思う。そこは揺るがないけれど、意見の発信と広がりという面では伝播力の弱さが残る。
Facebookは望んでいないだろうけれど、ユーザーのモチベーション(使い方)にズレが出てきていると思う。

ビジネスツールや恋愛ツールとして「会う前にチェックしよう」というツールでは無く、『閉じた場のブログ』へと、使い方を変えて利用する人たちも見える。
文化もあるのか、国民性があるのか、他国の状況は見えにくい。ただ、ユーザーが広がることで、そうなりうるのは想像出来る。SNSに掲載してあるパーソナリティを利用出来るビジネスや恋愛に関係の無い人たちの増加が原因だ。


SNSで繋がることで、知らなくて良いことまでもプッシュされてしまうこと

近い人間の主義主張は求めない人たちも少なくはない。発信したい側の気持ちと、受け手側の気持ちのズレがそこに感じる。

「人生楽しいー!うぇーい!」で良いはずの場が、難しい話の場になりつつある。タイミングによって、ちょっと話しかけづらかったりと。
「政治、宗教、野球の話はするな」とタブー3テーマで言われるけれど、それを突きつけられるのも心地よく無い時がある。その人と付き合う上で、不必要な情報と思う時もあるからだ。

友達と付き合う時「こいつ面白いな!」って思うのって、先に上げたタブー3テーマとは関係ない事が多いでしょ?むしろそれらを先に主張されてから仲良しになるって、あまり無さそうだけれども。

そういうのが見えやすく、突きつけられてしまう。無意識にしてしまうのが、SNSなんだよと感じる。(このブログもTwitterと連携してたりするから、タイムラインに出てくるものの、タイトルに気遣いをすれば、気を悪くせずにスルーしてくれるのでは?と、半ば都合よく願う。)

これだけビジネスに便利な「SNS」から人が離れていくとするなら、この部分も原因になるだろう。SNSは嫌いだけれどメッセージは「ビジネスに便利」という葛藤に既に悩んでいる人たちも既に生まれている。


Facebookに蓄積された思い出は、記憶よりも引き出すことが困難だった。振り返ることの出来ないツールに蓄積される情報は誰の為のものなのか。

日々色んなこと考えてるつもりだったけれど、恐ろしいほど言葉にしていないってことに気づいた。TwitterやらFacebookやらで、分散して色々なところにログを残しているつもりで生きてきたけれど、結局何も残っていないのだと気づいた。

Facebookは検索機能が基本的には無いから、ポジティブメディアとして、その瞬間のログを書いて消えていくだけ。

Blog的にメモを残そうとしたのは、また違った切っ掛けだったけれども、それをここへ移行して分かったのは50本くらいのエントリーだけだった。

もっと書かなきゃ。と思うのは、今の自分が日々不安や抱える課題の渦の中でグルグルと停滞しているから。
自分の頭の中で、いろいろな物事を考えて考えて、そうして気付くのは自分の視点と、自分らしさ。「自分はこう考える」という現状の傾向を知る上では、書くことはとても良い事だと思う。

家族や友達、恋人に聞くというのも手段だけれど、自分の見えない内面を探る作業は、どこかデトックスにも似ている気がする。

他者から指摘されたり、教えてもらうことは、どうしてもスムーズに飲み込めない事もある。後から「あー、そうでしたね」と納得することも多いけれど、その場では共感しにくい情報も多いから。
「今の自分はこうだ」と突きつけられると、どこかで分かりながらも無視し続けてきている事柄だったりするから、どうしても認めることが苦しいと感じる事があるのだ。

振り返るのは必ずしもポジティブとは言えないかもしれないけれど、振り返ることの出来ないツールに蓄積される情報は誰の為のものなのか。

FacebookやTwitterに書き込むよりも、できるだけライフログとして残すほうが良い。そう感じるままに、ここを使おう。

「SNSに疲れた」というのもあるかもしれない。でも、よく言われる「付き合い疲れ」ではなくて、「何も残らない切なさ、悲しさ」によるショックが大きい。
その場その場で投稿しやすいFacebookは、アプリのインターフェイスも良く設計されていると思う。それに友人知人が反応する見せ方もいい。
もちろん、友人知人のパーソナリティーや近況を知るにも便利なツールだ。

これはリアルな接点を持つ際の基礎情報として生きるデータだ(例えば、今日これから会う人のfbページを見れば、この後のコミュニケーションに使える)けれども、自分自身が記憶を振り返るには適してないツールだよね。

最近は「いいね」意外のリアクションもできるけれど、基本的には「いいね」だけのポジティブメディアだ。この部分に「人の意見にイイネだけで応えられるはずが無い」と言った人もfbが流行り始めた当時耳にしたけれど、これは使い方の問題。
ポジティブメディアは「良い」「楽しい」「気持ち良い」瞬間があるべきで、それに対して「イイネ」となる理由で、難しい議論やつまらない意見などは本来相性が良くない。

議論や意見がくだらないという訳ではなく「それは他でやってくれ」という話。
でも、fbの裾野が広がり、多くの人達の「情報源」として使われる様になった今となっては「イイネ」だけのリアクションでは厳しくなってきた。
今の使われ方は「fb」にとって好まない位置関係にあるのかもしれない。

その部分の設計が変わらない限り、やはり「その場の感情を書き留めて、時間と共に消えていく場」であり、ライフログとしては偏った(時に演出された)素敵な自分の記録しか残らない。そして、それは無闇に検索しやすくするものでも無いのかもしれない。
想像してみると「昔は良かったな」という幻想に付きまとわれそうで、それは悲劇でしかない。

気持ち良い感情も、悩みも、苦しみもその人の人生

やっぱり正直な自分の気持ちを残すなら、まっさらな紙に残すのが適している。
ブログの「ログ」の意味の大きさを今は感じたりする。その時々の言葉や思い、感情をを大切にしよう。
生きていれば、良いことだけでなく、辛いことも起きるもの。それら全部が人生なのだから、一部分を切り取った場だけが残るのもアンバランスだと思う。

2016年6月24日金曜日

編集とアウトプット。自信と信頼。

仕事でも個人ワークでも『メディア』と言いながら、そこから生み出されるサービスに関しては頭固く考えてきたことに気付く。
「こうあるべき」「今時代はこうだから」みたいな言葉が先にあり、サービスを設計してきたことが多かったかもしれない。
『編集』を行うことは、なんらかのアウトプットへ繋がる。
だからこそ「他者がどう感じるのか」や、「自分を良く思われたい」という思いが、こうしたことに繋がるのではないか。
それらは新たな分野への自信のなさの現れでしかない。これに気づいた瞬間に恥ずかしく思う。社会に出て20年経つよ。
媒体問わず、溢れるメディアの中で、瞬間的な存在であればそれで良い。今乱立するニュースメディアなども直ぐに消えるだろう。
しかし、本来のメディアとして成立させるのは「自分目線の編集」だ。その筋が通るからこそ、人はその情報に価値を見出す。
「メディアはこうあるべき」という思考が、情報の中に存在を埋もれさせていく。「常識」という名の安易なトレースは、結果的に似せて、寄って、近づき、自ら埋もれていく行為だった。
『編集とは何か』を常に問うてきたはずなのに、どれだけの時間迷い続けただろう。 まだこれを書いている時点で、不安やゆらめきもあったり、更にまだまだ同業他者を気にする点はゼロには出来ていないだろう。隣の芝は常に青い。
「等身大」という言葉がよく表しているのかもしれないが、この言葉が「自分らしさ」にかかる言葉とは思わなかった。

自ら、人生を編集する。

日々の過ごし方も、興味についてもそう。本音と感性で飛びついているはずなのに、アウトプットは他人をなぞるという弱さは幸せでは無い。
最後の最後で自分らしさを失っているのだから。
そこにあるのは、他者の目線を気にする気持ち。
どこかで「他者に認められたい」と思う気持ちは誰もが持っている。好きな人から良い言葉を掛けられたら嬉しいではないか。
他人に認められることで、自分が存在する。これは社会に於いては正しい。人が最も人らしく生きる上で大切なことだと思う。

承認欲求と問題点は、認められたいと気持ちの一方通行な部分。

他者を認めることで、自分が否定されるわけではない。それぞれの得意不得意があって役割があるのだから。
互いに支え認め合うことが理想な中で、なぜ認められようとする気持ちだけが先行するのだろうか。そこに自己中心的なアンバランスさがある。
他者に認められようと怯えると、冒頭の様にアウトプットが自分らしさから遠ざかってしまう。
まずは他者を認めること。それが第一歩だとあらためて自分に刻む。
他者への信頼があれば、自信を持って自分の言葉を伝えられる。
自信を失うのは、他者を信頼していない結果かもしれない。
自分への自信の無さが、結果として相手を信用できていないことの原因につながる。
メディアやサービスを作るにあたり、信じるべき「相手」とはなんだろう?それは、マーケットやターゲットがあるかもしれないけれど、まず一番分かりやすいのは、身近な人達を基準にして良いと思う。
信頼できることこそ、自分の強みや自信に繋がる。

2016年6月16日木曜日

大学で授業を持って考えたこと、行っていること

今年の春から、大学で1授業を持たせてもらっています。具体的な制作ではなく「コミュニケーション・デザイン」という、ふんわりとしたことをタイトルに授業を進めています。
出来れば様々な大学でこの授業(という名のワークショップだと思っている)を持ちたいと考える様になってきました。単発でも機会があれば時間を作らせてもらいたいです。
『デザインによってコミュニケーションを解決させていく。』授業テーマで、たぶんシンプルな答えはこれだと思う。
ただ、「デザイン」の機能の中に「コミュニケーション」は関連して組み込まれているし、「コミュニケーション」にも様々な関係性としての「デザイン」がある。授業にこのタイトルを持つことで、その思考のループをずっと歩き続けたまま4月を向かえ走りだしてしまいました。

実は受講生にも伝えているのだけど、今回は試行錯誤しながら「コミュニケーション・デザイン」を考える方法を模索して授業の中で実験を続けています。

そう、伝える言葉を見つけるのではなくて、考える方法を探し、その実験をしています。
授業とはいえ、たぶん概論をブツブツ話しても面白くないし実感も無いと思う。あとこうした「デザイン」とか「コミュニケーション」って答えもひとつじゃ無いと思う。
だから色々な体験で例えて、理屈で考えるよりも体感して発見してもらいたいと考えて毎回授業を組み立てています。
言い訳が通じるのか分からないけれど、順序も前後したりするけれど様々なWSスタイルを組んだり。ゲスト講師を呼んだり。大学生との時間がひとつひとつ蓄積されていく中で、全体的な流れが組み立てられているので、この先の授業ではベースとなる基礎が出来上がってきました。

主に大学時代からだけど「デザイン」という言葉に向かい合って色々なことを考えてきました。

思い出に残ってるテーマは『座れない椅子は椅子なのか』というもの。ガストで数時間話したのだけど、このテーマは今でも面白いと思っている。
「座れなくても『椅子』とされているなら、それは『椅子』である。」という意見と、「座れなければ『椅子』としての機能が伴わないから、それは『椅子』ではない。」という意見。が対立する。今でも僕の中で答えは出ていない。そして、この2つの意見は交わる点がない。
世の中色々な考え方があるという例えでもあると思う。コミュニケーションを考える上で、こうした交じり合わない両者の関係を考えるのも大切だと考えている。

制作の指導なら、具体的な作品づくりを進めながらテクニックなどを教えることも出来るけれど、それはそのものでしか無いんだよね。

テクニックを教えるのは明確な「伝える対象」があるから伝える方も、教えられる方も分かりやすい。
なにかを伝える上で、言葉でなく体験してもらうことで、こちらが伝えること以上の発見を見出してくれるかもしれない。言葉を超える可能性を期待する部分もある。
義務教育の先にある教育はそれが大切なんじゃないかなって思う。与えられるだけでなくて、自ら気づいて見つけていく時間。
だけど、言葉にしないと伝わらないこともある。このバランスは難しいって毎回思っています。 これらも大学生との時間を重ねることで分かったこと。物凄いポイントで反響を受けることもあれば、思いがけず理解されないことにも出会う。 まだ「気づいて欲しい」と期待することが多くて、期待しすぎると授業終わりに「?」となってる学生の顔を見ることになる。
先生は色々考えているんだよ。ってことは、先生という立場になって気づいた。
今、人生で一番「デザイン」と「コミュニケーション」について考えていると思う。
具体的な授業内容などは、次にまとめています。

2016年6月10日金曜日

「東京どこに住む?住所格差と人生格差」速水健朗著|読了!自分の生き方を考えた。

読了!感想というより、読みながら感じたことや、住んできた街に関する自分の思い出をツラツラと。
都市の住まい方についての本なのかとページをめくって行きましたが、働き方や人と人との関係構図みたいな部分も考えさせられて面白かったです。
生活と仕事と人と場所の関係図。
今、人形町に住んでいることも、過去にCET(セントラルイースト東京)に参加していたこともあり、内容は身を持って体験して来たこともあって面白かった。
僕は何度引っ越しをしたのだろう?と考えてみたけれど、実家から旭川へ向かったのが初めての引っ越し。それから、札幌で転々としたのをどうカウントするか悩みつつ、住所持って仕事したのだけ入れれば2回。
一度実家に帰ってから六本木へ引っ越して、そこで結婚して東日本橋へ。その後一瞬実家を経て現在の人形町へ。実家へ戻る部分を割けば6回。本著を参考にすれば、日本人の平均よりも多いということみたい。
引っ越しは大変だけれども、部屋が片付くから良いと思ってる。掃除の苦手なダメな人の意見でもある。否定はしないけれど。
今の場所に住む理由は、前の東日本橋の家の影響も大きい。CETというイベントでこのエリアに友達が増えたことで、一番住みやすいと思ったから。
本著では「どうやって住む街を選ぶのか」から始まっていて、誰もが経験する「引っ越し」に照らし合わせながら、内容に引きこまれていきました。
東側エリアの話の中で「ゴミゴミとしつつも知り合いや家族のいる東側を選んだ」と映画『下町の太陽(山田洋次監督)』の話で触れられているけれども、その感情はとてもわかり易かった。
東京の東側(僕の思い出では皇居と隅田川の間)エリアに2003年当時住んでいた人たちは、地のコミュニティが固く、祭りを通してそれぞれの役割も持ちながらバランスよく暮らしていた。
開発から取り残されたエリアだったから、時代の変化もあまり影響受けず、生活文化が昔のまま(この辺りの住人曰く、田舎のまま)2000年代を迎えたエリアだった。
僕の話が2003年から始まるのは、その頃にこの東京の東側のエリアに初めて触れたから。それまでは都内の地理関係どころか、この街の地名さえ読めなかった。でも、その(地元の人曰く)田舎の人達に受け入れてもらえたことが心地よくて、この街に住みたいと思った。好奇心が旺盛で受け入れる器が大きかった。
しかし10年前くらいから、この街で問屋を営む方々は「問屋業」の機能の社会的な変化に伴って、跡継ぎも無く閉じる話しを複数聞く。彼らの息子娘達は企業に就職しているケースが多い。
しかも元々持ちビルで無借金経営している方々なので、廃業と共に土地を売り地を離れるという話も多い。ちょっとした退職金的な扱いだよ。と。
一件では小さな土地でも、近隣エリアを束ねて買いに来るデベロッパーもおり、結果的にこの街にマンションが建つ流れが同時に起きた。この数年で一気に街の景色はマンションだらけに変わった。
住人が増えたことで、街の中での大騒ぎはしにくくなったけれど、夜も休日も人通りがある街は明るい気がする。街にある飲食店を通して知り合いも増えた。もちろん閉じた人たちも多いけれど、圧倒的な絶対数を考えれば合う人合わない人いるだろう。これは別問題。
本著では地域の歴史や成り立ちなども触れられている。
またここで僕が聞いた話しになるのだけれども、馬喰町エリアは問屋街という機能であり、例えば袋物に関してはここから地繋がりで役割を持った人たちが商いをしていたと。例えば、問屋の隣の街に製造の職人が。そしてその隣にパーツ(革・素材)業が。そしてその先に革をなめす職人が仕事をしていたと。
そして問屋には、袋物業として末端までの生活を含めた業界を仕切りつつも守る機能があったらしい。
今でも、カバン問屋・メーカー、パーツ問屋と隣り合う街の中に機能は残っている。

本著では港区。六本木や麻布十番にも触れている。ここの話は個人的に昨日「子供の頃、麻布十番で育ちました」という人と飲みの場で隣になり話をしたので、色々な情報が重なって面白かった。
僕が住んでいた六本木も住所は六本木ながら1丁目なので、実は最寄り駅が「麻布十番」という場所。
ここには公社とNTTの社宅が、よくある団地の様な姿で建っていたらしい。建物の間に駐車場があり、それが繰り返される風景。そこで昨日話した人は、小学校時代ドロケーをしていたと。もちろん六本木ヒルズの面影もなく地下鉄の駅もなかった。たい焼きで有名な『浪花屋』はあった。そして小学校の学年では2クラス。
そんなたまたま隣に座った方の思い出話と、まるっと重なる本著の内容はそんな部分をなぞっているようだった。
本著の中で触れている内容とは少し異なるのだけれど、「都市の規模が二倍になるごとに給与は10%増えるが、物価は16%高くなる(『人は意外に合理的』から引用されている)」一節があったのだけど、僕は八王子で異なる体験をした。
八王子にある大型スーパーが、馬喰町にあるスーパーの値段より高いのだ。馬喰町のスーパーの方が品質も鮮度も良いということもある。
そして場合によっては、八王子のスーパーと日本橋高島屋の地下に置いてある野菜の値段が近いということもある。ただし、品質などは大きく異る。もちろん高島屋の方が色も形も鮮度も良い。
八王子の大型スーパーはチェーン経営ということもあり、集中した場所に野菜を集めて配送しているのだと推測する。大量買いによる仕入れ値の減はあるだろうけれども、輸送コストの多さと手間、更には収穫から店頭までの時間がかかってしまっている事に原因があるのではと思う。
これは生活を始めて、いろいろな体験を通して気付くことでもあるよね。住む場所を選ぶって難しい。

西高東低の呪縛の話は面白かった。
詳しくは実際に読んでもらう方が良いと思うのだけれども「知らない」ことで選択肢が変わる(知っていることだけが選択肢になる)ってことでもあると思う。人は意外に偏った知識とそこから派生する個人的な思いは強い。
都市部への人口集中と地方創生の話では、筋違いかもしれないけれど『エンジンと発電』の話を思い出した。
『エンジンと発電』とは、個々のクルマ1台1台にエンジンを搭載しエネルギーを生み出すのは効率が悪い。例えば全てのクルマを電気自動車に変えることで、発電所による1箇所で発電したエネルギーを使う方法が効率的で地球への負荷も少ないという話。
本著の「地方の全ての自治体が生き残ろうとする」という部分が、個々にエンジンを積む自動車に見えた時、物凄く効率が悪い上に「もっと異なる人の生活があるのかもしれない」と思った。

「なぜ都市に住むのか」では、人と顔を合わせる大切さ言葉にされて強く実感した。人と一緒に過ごすと感覚も情報も研ぎ澄まされる。それがストレスになる人は仕方ないとしても、僕個人的には誰かと話をしている時間は楽しい。
そして、今学校で大学生と接する機会を得ているけれど、その中で感じるのは彼らも人と時間を共有することを大切にしている気がする。むしろ5年前の学生達の方が「飲み」などの場に抵抗を持っていたかもしれない。「飲みも残業でカウントされますか?」なんて話もその層だったかな。
色々な情報を得ようと、隣の研究室から街の中のイベントまで、自由に行き来している姿も見えるよね。物凄く時代に適応している気がした。そして学校こそ都市部にあるべきだと強く感じた。以前はそれが出来なかった理由も本著に書いてある。
そもそも「都市部」に住むことが効率良い姿だったのだけれども、物理的に場所が得られないから、郊外へと移り住まいを作ってきたのが僕らの親の世代。
時代が変わり、タワーマンションをはじめとする大型マンションの出現により、住まいが物理的に増えたことで、ようやく正しい住まい方へとシフト出来てきた。という話なのかもしれない。人が都市部に住む姿が自然な流れという。
中央線沿い八王子で生まれ育ち、20歳を越えて北海道で数年暮らし、六本木、青山でも住みつつ、東日本橋、人形町へと住まいを変えてきた中で、本著はとてもおもしろい話しだった。
個人的に住まいを選ぶのは「友達がいる」ということが重要かもしれない。もちろん新しい街でも0から作れば良いのだけれど、勝手を知った人が近くに居る街は居心地が良い。
あとは都市のサバイバルとして、エリアの平均家賃を下回る物件の探し方もあるという考え方も備えると、住み方の選び方は幅が広がりますよね。

追伸:
「北海道へ脱サラしてペンション経営を夢見て来る東京の人たちが、子供が出来ると同時に奥さんが街へ移住し、結果的に離婚されて男ひとりでペンション経営している」という姿を北海道でいくつか見てきた経験も、ふと思い出す本でもありました!

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