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2016年11月7日月曜日

TDWのデザインとは見た目だけの薄っぺらな華やかさだけなのか?

ユーザーの求めている情報の分析、そして整理された発信こそデザインの必要とされる場だ。
しかし、現在のTDWのサイトは何も伝えていない。誰あての文章化分からない言葉が並び、本日の中止を伝えているだけだ。

完全なユーザー不在。それはデザインを語るイベントの末路なのか。

一時期は並んでメディアへ掲載されたイベントの事務局に関わって来たからこそ、この対応が悔しく悲しい。

昨夜まで見れていた下層ディレクトリは、トップページへとリダイレクトされている。しかしトップページのメタタグはそのまま、自分たちの宣伝を続けている。

事件の真相や経緯、その現状を伝えようとする誠意は全く見えない。
社会が求めているのは、今掲載されている情報では無い。誰の責任かと責め合う事務局が手に取るように見える。そんなことはどうでも良い、ひとりの未来が消えた。

作品を作った学生たちの落ち度だけでは済まされない、彼らも見方を変えれば被害者だ。お金を取って来場者を集めたのは、間違えなく運営者なのだから。

その責任は全ての運営者にある。

誰が偉く、誰の指示で事件が起きたということではない。間違えなくひとりの命が絶えたのだ。完全な人災。あえて重い言葉を使うなら、これは殺人事件だ。それも責任のがれをしている状態。最悪だろう。


多くの名を連ねる著名人が他人事の様にSNSにコメントを流している。「残念で仕方がない」そこに当事者意識は全く見えない。「申し訳ない」と、なぜその言葉からはじめられないのか。
その責任の重さを実感出来ないのであれば、名を掲載する事の重さが分からない馬鹿だ。

既に、報酬を受けながら何らかの肩書を持っていた外部の人間は、その金銭を全て返還し逃げている人間も少なくはないだろう。

最悪だ。こんな見せかけだけの薄っぺらい「デザイン」という名のイベントが、それだけの著名人の名を連ねて開催されていたことが。

全員の責任でしかない。
社会の注目も集まっている。誠意を持って、状況を伝えるべきだ。


クリエイティブに携わる人として、今回の事件は全く無関係とは言いにくい。イベントを運営する立場から、関係ないと言い切れない。外から見れば同じ種。

だからこそ、このブラックボックス状態の運営が悔しい。本当に悔しく、悲しい。
被害者だけでなく、社会に対して全ての情報を伝え共有したい。ただ淡々と事実を出したい。
今社会が問いているのは、誰が悪いかじゃないんだよ。それは分かってるよね?

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