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2016年7月6日水曜日

「美術好きはアートの導き手になれ」という話

大学受験を控えて、気分転換に脚を運んだのが「国立西洋美術館」。その時は学校をバックレたのだと思うけれど、平日の朝一で上野へ行った。

外は日差しが暑い頃だったけれど、室内へ入るとひんやり心地よい空間だったのを覚えている。特別な展示は無くて、いわゆる常設展。通常の料金は学生ということもあって安かったはず。
「平日」「朝一」「常設展」という3つの好条件で空いてるから自分のペースで進めるし、好きな作品は他の人を気にせず、いくらでも眺めていられる。後ろから人が来たらちょっと避けてから戻れば、またしばらく作品と対峙できる。
この時から、この時間と空間が大好きになった。


美術に知識は必要無い


美大を出ているけれど、驚くほど作家の名前は知らない。自分が好きな作家は覚えるけれど、その作家の全てを追いかけることも無いから、基本的に「モネの印象・日の出」が好き。というレベル。原題も知らないくらい。

というのも美術に知識は必要無い。というか、知識が無くても楽しめると思っていて、「僕はこの作品が好きだ」と言える作品に出会えたら、それが一番の幸せだよね。美術鑑賞ってそれで良いと思うのです。

好きな作品から、作家の作品を追いかけるのも良いし、その仲間たちや時代背景から知識を広げるのは自然だけど、それは興味や好奇心がさせること。そこから得た知識によってまた新たな世界や楽しみ方が広がるけれど、必ず必要な行為じゃない。


「どちらかと言うと美術が苦手」という人との美術館鑑賞


とある医療教育系の方々との地方視察で、飛行機までの時間が3時間ほど余った時、それぞれ自由行動となったのだけど、僕が近くに美術館を見つけて「そこに行く」と言うと、他の2人が「一緒に行く」と付いてきた。

そこは現代美術館だったのだけど、その2人は「実はこういう作品は分からないんだよね」と言う。それで「例えば色使いがキレイとか、なんとなく雰囲気が良いとか、自由に感じれば良いんですよ。例えばこれだったら…」と、気楽に見ましょうよっという感じで回っていくと、次第に二人して「僕はここで使っている色が好きだな」とか、「これって牛の頭みたいだよね。カワイイ」とか、自由に鑑賞し始めた。

誰が描いたから素晴らしいとか、オークションで落札されたから価値があるとか、全くそういう事もなくて、時にそういった情報が邪魔になる事もあるよね。何も知らないからこそ、正しい評価ができるかなって思うし。

最後美術館を出る時には、キャーキャー、ワイワイと楽しそうだったのが印象的だった。そんな70代二人。普段は説明や裏付けの必要な場で活躍しているからこそ、ちょっと日常を忘れる体験としても丁度良かったみたい。


知識や社会的評価は美術に触れる上での武器になるのか?


先日も特別展に数時間待ちなんて話題になっていたけれど、普段の常設展だって自分の知らない「お気に入り」に出会うチャンスだったりするんだよね。
食わず嫌いというか、基礎情報を知らないからこそ、他者の評価などに左右されずに素直になれる感覚。だから、僕はこの常設展が好きだしオススメしたい。

美大にも知識豊富な頭でっかちが居るけれど、それを凄いと思っても、正しいとは思わない。制作側だったから、知識に頼り過ぎると技術が追いつかない人が多い気がする。何か一つでも知ってる技術を習得出来ない「劣っちゃう」部分が見えると、怯えちゃうんじゃないかなって思う。知識先行すると「出来ない」ことが怖くなるよね。

知らないことで、どんどんチャレンジ出来る強さにも繋がることはあると思う。制作過程の中で試行錯誤して新しい手法見つけちゃう奴の方が凄いって思う。


文化を内向的にし、興味を持った人へのハードルを上げるのはそうした人たち


知識優先の知人は生き様として息苦しそうだなって感じることもある。歴史上の人物や過去の作家の講釈並べられても、自分のことじゃないから憧れのままでいつまでも追いつけない。

でも、そういう人こそ「美術館賞講座」とかしたがるし、実際にやっちゃう。やり方次第だとは思うんだけど、知識よりも「感じる」ことを優先して欲しいなと思うことがあるんだよね。

たまに、知識を振りまく自己満足会になっている場に立ち会っちゃう時があるけど、類は類を呼ぶのか、知識合戦になってたり。その人達同士の内輪だったらいいけど、美術に興味持ち始めた人が初めてその場に立ち会ったとしたら…、ちょっと引くよね。僕はドン引きすると思う。

自信がないと理論武装する奴がその文化をダメにしてる。って、美術だけでなく全てのジャンルで感じることだけど、美術に於いていうなら、それは美術好きじゃなくて「美術好きな自分好き」な。


ある日聞こえてきた言葉に正解を発見した


「美術が好きならば、アートの導き手になれ」これはラジオから聞こえてきた言葉なのだけど、物凄く共感した。だいぶ時間が経った今でも強い印象が残ってる。
新たに興味を持ち始めた人に対して、優しく手を差し伸べることが出来るのが大切で、それこそがその文化を広げ育てることなのだと思う。

自分の知識をひけらかしてマウンティングすることを、自称「アート好き」がやりがちだけど、それ辞めたほうが良いよ。

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