Translate

このブログを検索

2016年7月2日土曜日

学校は学ぶ場であって、流される場じゃないんだよ。

就活の本来の意味は?
仕事に出会うための活動をせず、狭い世界の中で決めていないか?

ナカムラケンタさんの「日本仕事百貨」を見ていると、こんなに丁寧に仕事に向かい合っている人がいるのだと、日本人が好きになったりもする。メディアで騒ぐ情報は、心地よいものばかりじゃないから、こうした情報って取りに行かないと出会えない。

取材とライティングによる賜物と思う。人と、その人が大切に接している仕事という、とてもデリケートな部分だからこそ、これほど求人を丁寧に扱っているメディアは他に知らない。


日本にもまだ出会わない、知らない仕事が沢山ある

日本は広いなって思うし、ここにある「仕事」こそ、人の生き方の選択の多さを感じる。「日本仕事百貨」に掲載されている仕事さえも、一部でしかないのだから。

社会に出るという意識より、学校を出るという意識を持った時、自分はこれから何をして生きていくのか?という選択は、もっと自分と丁寧に向き合って考えても良いと思う。学校の作ってくれたリストや、学生向けサービスの作ってくれたリストだけの中から選ぶには、どうも勿体無い気もしている。

色んな人、色んな仕事にあふれた世界で、自分の仕事を作っていく。それはゼロから生み出す必要も無くて、自分が「素敵だな」とやりがいを感じられたら最高だし、それを探す時間に時間を割いたって良いと思う。


周りに流される違和感は学校という特殊な環境だから


何十社も片っ端からエントリーシートを書いている姿に違和感があって。そこまで追い込まれるから、大学を出る時に就活が決まっていないと、この世の終わりって感じになっちゃうんだろうね。

同じ状況の人たちが周りで数百人単位で動き回っているし、様々なメディアから流れる情報も煽ってくるのだと思う。結果的に競い合う中で、誰が一番有名な会社へ行けるか、誰が一番早く決めるか、誰が高給を約束されるかを、盲目に走るレースになっている。

決まったから正しい、決まってないから負け。そんなことは全くなくて、自分に自信が持てることでお金を得て、それで生きていくことが最高の価値なのでは。

簡単なことじゃないし、誰にでも当てはまることでは無いと思うけれど、あまりにも周りに流されすぎると、かえって無駄な時間を過ごすことになるぞ。っと思ってる。


人気の投稿

Google+ Followers