2列の4人並びの洗い場があったのだけど、片方は3名が使っていて混雑、もう片方は1人しかいなかったから、自然とそちらの方へ。
ちらっと先に洗っている人を見ると、血色が良くない。というか、肌の色があまり良くない。「あれ?気分でも悪いのかな?」とか思いつつ、よく見ると手首から足首までの見事な和彫り。
単色だったけれど、あれだけ見事なのは久しぶりに見た。
年齢は50〜60代くらいかな。ここはお風呂なので気持ちはどこかリラックスしている様だけど、なるべく隅の方へその大きな身体を隠すように身体を縮めて洗っている。その姿は他の客への配慮だろうね。あれだけ立派な紋々は隠しようがないけれど。
反社会勢力に対する社会の対応は理解できるけれど、そこから抜けだした人達への配慮って社会的にはハードルが残るよね。
その人が現役か否かわからないけれど、この時代にこうした場で湯に浸かっているのだから、もう一般の世界で生活しているのだろうと。丸めた背中から感じてみたり。
湯船に浸かる時、ちょうど正面に。顔をあげること無く、静かに湯船の隅へ入った。ここで初めて顔を見た。いい顔しているんだよ。緊張感というか、気迫がありながらも、気配を消そうとする雰囲気がある。
作品として素晴らしい、画力のある彫師の作品だった。
その人は3分も浸からずに、湯船の縁へ腰を掛ける。膝から下だけ湯船に浸かる姿勢。ここで正面の彫りを見ることが出来た。
大きな龍が左右に、真ん中に鉄塔の様な構造物の画。構図も良く、迫力もある。作品としても素晴らしい。単色だからこそ誤魔化しが効かないだろう。他の色が無いのに、飽きずに画に引き込まれる魅力がある。
手元に目をやれば、左手小指を落としていたり、元々そちらの業界の方なのだなと。気づくと、ちょっと現実に戻される瞬間。
彫りを入れた切っ掛け、画のテーマを決めた経緯など。あとは色々と経験をしてきているだろうと想像の上で、人生観や社会との接点など。色んな事を聞きたくなった。
話しかける切っ掛けがつかめず。脱衣所で会えたら少し話しかけられるかな?と思っていたけれど、最後までそれも叶わず。僕が居るタイミングでは湯船から出てこなかった。
もう会うことは無いだろうけれど。
ちょっと話してみたかった。「彫り」があったからというよりも、あの人の背負うオーラがとても興味深かった。情に厚そうな、それでいて真っ直ぐな雰囲気。人としての興味だった。彫り物もその人の個性を象徴しているなと感じた。
そんな湯船に浸かる瞬間だけの出会い。もうそれぞれの人生で接点は無いだろう。
脱衣所で髪を乾かしながら鏡を見る。僕自身もあまり人相は良くない。あの人と並んだ洗い場は、それはそれで可笑しな絵面だったのではと、後ろからの眺めを想像してみたりする。