Translate

このブログを検索

20160706

衣食住から感じた人生の中での選択

これも3年くらい前に書いてたメモをFacebookからサルベージ。人が生活するに必要な「衣食住」についてと、その選択について。


衣食住が生活の基本というのは変わらない


子供の頃から「衣食住」が生活に必要な基礎と教わってきた。必要だからこそ進化も凄まじく、時代の経過とともに効率と低額化を追い求めた結果、その3つの存在の大切さが薄れてきた気がしている。無意識にこなす対象としての3つという感覚。

効率化、低額化は、誰にでも欲しい時に届くように。という目的だったと思うのだけど、それが実現し定着していくなかで、軽視されていく傾向へと繋がっている気がする。
必要な行為こそ「楽しむモノ」という感覚を持てる人達は幸せだと思うのだけど、そこに気づかず過ごしてしまうと、勿体無いなって思うのは余計なお世話か。


生活に大切だという意識を、もう一度自分の中で確かめても良い


例えば食事。素材を調理して色々な味で楽しむこと。栄養素としては、たぶんどのように摂取してもそれほど変わらないはず。もちろん加熱や一緒に摂る素材による吸収率の違いなどはあるだろうけれど、その調理にかかる料理人の労力は、その吸収率と比例しないと思う。きっと、料理人の労力はおいしく食べるという豊かさに比例する。
たぶん「食」を楽しむ為に、その素材をおいしく食べる為だけに、かける時間を持てる人にだけ得られる豊かさ。

そう、必ずしもお金をかける必要は無くて、素材をおいしく食べようと思う気持ちを持てるか否かの違い。良いとか悪いとか、ここに正解は無くて、どこに生活や人生の重きをおいているかのことだけだと思う。人の価値観の違いはこの辺りで見ることが出来ると思う。(恋愛や結婚はこの点が合うなら幸せなんじゃないかな)

例えば、子供の頃見た未来の生活の中では、食事は全て「カプセル」か「錠剤」になっていた。現在のサプリなんかはソレに近いのかもしれないね。完全食が開発されて「COMPXinada」が登場した時に、反応していた友人も少なくない。食事の時間が煩わしいと感じる人はある一定数いると思う。

趣味として、たまにキッチンに立つ人も多いかもしれないけど、生活の中での位置づけとしては調理や食事は他のモノゴト(例えば仕事や趣味の時間)の下に来てしまう人が現代では多いんじゃないかな。


効率の良いモノとうまく付き合うこと


ファストファッション、ファストフード。それらを選ぶ時の感覚は「無よりは有」くらいの価値観かもしれない。その場だけの要求を満たす。それ以上でも以下でもない。自転車を漕ぎ続けるように、取り入れては消費していく。
「意識」して選択をしなければ、ただの無意識の消費であって、手軽に入手出来ることはラフな取扱につながって、様々な価値観が狂いはじめることもある。

愛着ある何かを大切に保つことで得られる喜びや楽しさ、生活の中にあるゆたかさを失ってきているのかもしれないなって思う時がある。もちろん僕自身も興味のないモノに対しては、悩むことも無く安易に安価なものを選ぶ経験が少なくないから。
それによって失ってきた機会もあるのかなって思うと、ちょっぴりゾッとすることもある。


効率を追った結果得られる人生の豊かさってなんだろう?という様なことを考えたりすると。
例えば自分が楽しいと思う瞬間を継続させたいから、その他の部分を簡単に済ませる事が出来れば、それはその瞬間の自分にとってはメリットも大きいと思うけれど。その選択が習慣化してしまうと、特に目的もなく簡単に済ませてしまう事に繋がっているかもしれない。それは効率や進化を活かした結果とは思えないよね。


住まいも効率を追いかけたスタイルとしてワンパターン化があるよね


住居に関しての感覚も一旦崩れて、表面敵にはまた戻った感じもあるけれど、住まうことに対する選択肢は確実に時代とともに増えてきているよね。シェアハウスやルームシェアという使い方の言わばソフト面から、新築・改築だけでなく用途変更による古い建築物の利用などのハード面まで変化はさまざま。
先に上げたファストフードやファストファッションに並べるなら、間取りも設備もそれほど変わらないワンパターンな間取りのワンルームマンションがあるかもしれないね。安くは無いけど、人生の中で見れば短期間の賃貸スタイルが一般的。効率を追った先にある形だとは思う。


生き方を選ぶのは自分。豊かな時間を過ごす為に選択すべきこととは。


生活を豊かにする為の選択肢のひとつとして生まれた「ファストフード」「ファストファッション」だと思うのだけれども、それらを活用する側が思った以上に無思考に選び続け、生きる時間までも安易に消費して持て余してしまっている姿が見えたりする。

生き方を選ぶのは自分自身だから、他人のそれにとやかく言う立場も無ければ義理もないけれど、自分が自身の姿に嫌悪感を感じるのならば違う選択をした方が良い。「ファスト」とは適度に付き合えば良いし便利に利用出来れば良い。ただ、それを選択する際に何を優先しているのか?の意識だけは持った方が良いかもしれないね。

効率の良い選択肢があるからこそ「必要な時にそれを選べば良い」って考えるのが僕の考え方。だけど、例えば食事で「どうせ食べるなら美味しいものを食べたい」と選択する様になったら、自炊も積極的な選択肢に入るし、外食で言えばファストフード店への来店頻度は確実に減った。もちろんゼロじゃないよ。便利に使わせてもらってるつもり。

全てに於いて簡単に済ませること、安く済ませることが人生の目的じゃないと思うんだよね。背伸びせず、今の自分が持つ選択肢の中で、その為に知恵を働かせて楽しみを得られたら素晴らしいことだろうね。

本当に必要なモノ、大切なモノを考えられる生活が、人らしく生きる為には必要なのかもしれないよ。


#仕事をつくるを考える

人気の投稿